女性変形性股関節症患者の術前後の歩容の自己評価と心理社会的側面の検討
―人工股関節全置換術患者と低侵襲寛骨臼骨切り術患者の比較―
- 松本智里(石川県立看護大学,金沢大学大学院医薬保健学総合研究科保健学専攻博士後期課程)
- 加藤真由美(金沢大学医薬保健研究域保健学系)
- 兼氏 歩(金沢医科大学整形外科学)
- 福井清数(金沢医科大学整形外科学)
- 髙橋詠二(金沢医科大学整形外科学)
- 平松知子(金沢医科大学看護学部)
- 谷口好美(金沢大学医薬保健研究域保健学系)
私たちは患者様の心理面に対してよりよい看護を行なうため、変形性股関節症が原因で股関節の手術を受けた方が、
ご自分の歩く姿をどのように評価されているのかを調べています。実際に手術を受けられた方が手術前と後で自分の歩く姿を
ご自分でどう評価しておられるのか、それが心理状態にどう影響するのかについてはまだよく分かっておりません。歩く姿の評価は手術を
受ける前、そして手術を受けた後では異なるのか、またその評価は心理面に影響するのかを明らかにする必要があります。
【研究の目的】
上記をふまえまして、この研究では手術前と後で自分の歩く姿の自己評価と心理社会的状態が変化するのかと
いうことと、また、それらは受ける手術によって違いがあるのか、ということを、調査を通して明らかにすることを目的としました。
【研究の意義】
今回の調査結果から、股関節の手術を受けた患者様の術前と術後の自分の歩く姿に対する評価や思い、社会的状態が明らかとなるため、
看護師は患者様に、どの時期にどのような心理的援助を行ったらよいのかヒントを得ることができると考えました。
【研究の方法】
そこで、私たちは、変形性股関節症が原因で、人工股関節全置換術(TotalHipArthroplasty;THA)を受けた女性患者さんと、
低侵襲寛骨臼骨切り術(Spherical Periacetabular Osteotomy;SPO)を受けた女性患者さんに、アンケート調査を行いました。
アンケート実施期間は2015年11月1日から2016年4月30日でした。
【アンケートの調査項目】
- 1.歩容の自己評価の満足度(0~100点;点数が高いほど歩容がいいと思っている)
- 2.心理社会的側面
- 1)跛行(足をひきずったり、傾いて歩くこと)への思い(0~100点:点数が高いほど跛行を気にしていない)
- 2)杖歩行への思い(0~100点;点数が高いほど杖をついて歩くことを気にしていない)
- 3)全体的健康感(0~100点;点数が高いほど自分が健康だと思っている)
- 4)自尊感情(5~50点;点数が高いほど自尊感情が高い)
- 5)抑うつ(0~60点;点数が高いほど抑うつ傾向にある)
- 6)公的自己意識(0~32点;点数が高いほど人から見られる自分を意識している)
【アンケートの結果】
THA患者さんには93名にアンケートを配布しました。その結果、70名(回収率(75.3%)から回答を得られました。
SPO患者さんには13名にアンケートを配布しました。その結果、10名(回収率77.0%)から回答を得られました。
- 1.アンケートに答えてくださった方々の概要
- 平均年齢はTHA患者さんのほうが多かったです。
- 仕事をしている方の割合は、SPO患者さんのほうが高かったです。
- 2.歩容の自己評価の比較
- THA患者さんも、SPO患者さんも、手術前より手術後のほうが点数が高かったです。
- 分析の結果、THA患者さんとSPO患者さんの点数に違いはありませんでした。
- 3.心理社会的側面の比較
- THA患者さんは全項目で、手術前より手術後に数値が改善していました。
- SPO患者さんは分析の結果、全体的健康感だけが手術前と手術跡で数値の改善がみられました。
- 分析の結果、手術後の自尊感情と抑うつはTHA患者さんのほうがSPO患者さんより数値が改善していました。
- 4.歩容の自己評価と心理社会的側面の関連
- THA患者さんの手術前の歩容の自己評価と関連があったのは、跛行への思い、杖歩行への思い、抑うつでした。
- THA患者さんの手術後の歩容の自己評価と関連があったのは、自尊感情、抑うつ、公的自己意識、全体的健康感でした。
- SPO患者さんの手術前の歩容の自己評価には何も関連しませんでした。
- SPO患者さんの手術後の歩容の自己評価には、全体的健康感が関連しました。
平均年齢±標準偏差 | 仕事の有無 | |
---|---|---|
THA患者さん(70名) |
平均年齢±標準偏差 64.1±10.7 |
仕事の有無 有職者30名(42.9%) |
仕事の有無 無職者40名(51.1%) |
||
SPO患者さん(10名) |
平均年齢±標準偏差 42.1±12.1 |
仕事の有無 有職者9名(90.0%) |
仕事の有無 無職者1名(10.0%) |
手術前 | 手術後 | |
---|---|---|
平均値±標準偏差 | 平均値±標準偏差 | |
THA患者さん(70名) |
平均年齢±標準偏差(手術前) 19.5±25.4 |
平均年齢±標準偏差(手術後) 75.8±22.8 |
SPO患者さん(10名) |
平均年齢±標準偏差(手術前) 17.3±25.1 |
平均年齢±標準偏差(手術後) 65.3±26.7 |
THA患者さん(70名) | SPO患者さん(10名) | |||
---|---|---|---|---|
手術前 | 手術後 | 手術前 | 手術後 | |
平均値±標準偏差 | ||||
跛行への思い |
THA患者さん(70名・手術前・平均値±標準偏差) 19.5±24.3 |
THA患者さん(70名・手術後・平均値±標準偏差) 53.6±35.5 |
SPO患者さん(10名・手術前・平均値±標準偏差) 7.8± 9.4 |
SPO患者さん(10名・手術後・平均値±標準偏差) 40.8±31.5 |
杖歩行への思い |
THA患者さん(70名・手術前・平均値±標準偏差) 32.7±31.4 |
THA患者さん(70名・手術後・平均値±標準偏差) 50.2±35.8 |
SPO患者さん(10名・手術前・平均値±標準偏差) 15.6±19.2 |
SPO患者さん(10名・手術後・平均値±標準偏差) 34.6±33.0 |
全体的健康感 |
THA患者さん(70名・手術前・平均値±標準偏差) 50.2±18.1 |
THA患者さん(70名・手術後・平均値±標準偏差) 63.4±17.1 |
SPO患者さん(10名・手術前・平均値±標準偏差) 45.8±13.0 |
SPO患者さん(10名・手術後・平均値±標準偏差) 62.1±18.2 |
自尊感情 |
THA患者さん(70名・手術前・平均値±標準偏差) 32.9± 6.8 |
THA患者さん(70名・手術後・平均値±標準偏差) 34.4± 6.6 |
SPO患者さん(10名・手術前・平均値±標準偏差) 27.8±10.7 |
SPO患者さん(10名・手術後・平均値±標準偏差) 28.9± 9.4 |
抑うつ |
THA患者さん(70名・手術前・平均値±標準偏差) 18.8±11.6 |
THA患者さん(70名・手術後・平均値±標準偏差) 11.7± 7.2 |
SPO患者さん(10名・手術前・平均値±標準偏差) 23.8±10.7 |
SPO患者さん(10名・手術後・平均値±標準偏差) 17.5±11.7 |
公的自己意識 |
THA患者さん(70名・手術前・平均値±標準偏差) 25.3± 6.5 |
THA患者さん(70名・手術後・平均値±標準偏差) 31.2± 8.2 |
SPO患者さん(10名・手術前・平均値±標準偏差) 26.8± 7.5 |
SPO患者さん(10名・手術後・平均値±標準偏差) 27.1± 8.2 |
まとめ
-
以上のことから、患者さんが自分の歩く姿を自分でどう思っているかということは、患者さんの
社会参加への意欲を高めるような心理面の項目と関連していることがわかりました。
そのため、看護師は、股関節の痛みや歩く能力のことだけでなく、患者さんご自身がご自分の歩く姿を
どう思っているかを知ることも大切だということを考えていくことが看護ケアをする上で重要だとわかりました。 -
しかし、THA患者さんとSPO患者さんでは、関連する項目には違いがみられました。したがって、患者さんの社会参加への
意欲を高めるような心理面へのケアには、それぞれの時期や特徴に沿った看護ケアをしていくことが
大切だとわかりました。
今回の調査では、非常に重要な示唆を得ることができました。これを看護ケアに活かしていきたいと思います。
調査に参加してくださった、皆様に深く感謝しております。
※出典※
松本智里,加藤真由美,兼氏歩,他(2018):女性変形性股関節症患者の術前後の歩容の自己評価と心理社会的側面の検討 ―人工股関節全置換術患者と低侵襲寛骨臼骨切り術患者の比較―,日本看護科学会誌,38,pp309-317.DOI: 10.5630/jans.38.309