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令和2年度卒業式式辞(2021年3月13日)

 本日、石川県立看護大学を卒業される80名の学部生の皆さん、7名の大学院博士前期課程の皆さん、2名の博士後期課程の皆さん、誠におめでとうございます。本学の教職員一同とともに、心からお祝い申し上げます。また、本日はコロナ禍などでご多忙のところ、石川県知事谷本正憲さま、石川県議会議長稲村建男さま、かほく市長油野和一郎さま、後援会長の尾角由紀子さま、そして石川県公立大学法人理事長の宮本外紀さまにご臨席を賜り、誠にありがとうございます。あわせてご父兄・ご家族・関係者の皆様から今日までいただいたご厚情に心より御礼申し上げます。

 さて、新型コロナウィルスが突如襲ってきてから1年以上になります。ご卒業の皆さんにとって最終学年のこの1年はコロナ禍で予定が大幅に狂った1年ではなかったでしょうか? 教職員にとっても苦しい1年でありましたので、卒業、修了、国家試験という待ったなしの期限を目の前にして皆さんの不安と焦りはいかほどであったかと推察しています。しかし、就職・進学などの目的を皆さんがそろって果たし、本日ここに晴れやかな顔で並んで下さり、教職員一同感無量です。これから皆さんは希望に胸を膨らませそれぞれの道に進むことと思います。この場には皆さんのそれぞれの未来への思いが満ちているとともに、これまでの生活と別れる名残惜しさも感じられるような気がします。
 本学ではこの1年間、コロナに対応するため、まさに聖域なき眼で、広いスペースの活用が行われ、この講堂は3蜜回避のためにいろいろな目的に活用されました。しかし、本日ここは卒業生、修了生のための特別な晴れの場です。教職員全員の参列は叶いませんでしたが、ここでこのように例年の卒業生と同じに祝えることを誠に嬉しく思います。ご覧のように離れて座っていただいてはいますが、皆さん同志の、互いのつながりを確かめ、強める場となってほしいと思っています。

 窓の外に目を向けると、いつの間にか春がそこまでやってきています。そうです。どんなつらい状況にあっても季節だけはめぐってきます。うつむき加減の顔を上げ、前を、そして少し遠くを見てみようではありませんか。
 皆さんの近未来には何が見えますか?まだまだコロナが続き、自粛している姿でしょうか。それとも毎月お給料が入り、生活の安定に幸せを感じている姿でしょうか。ほどほどに仕事をして余暇を楽しむ工夫をしている姿でしょうか。
初めて就職する多くの皆さんは、初任給を手にし、多少の感動を覚えているはずです。金額はともあれ、これから少しずつ増えますし、仕事のやりがいもついてくることでしょう。
ダニエル・コーエンという経済学者が「人は豊かさの絶対量で幸福になったり不幸になったりするわけではなく、暮らしが豊かになっていく過程が幸福をもたらす」と述べています。とすると、近未来の皆さんはこれから豊かになるその第一歩に立って、何はともあれ安心と前向きな気持に包まれ、しばらく幸福感が続く(良い時期を過ごす)ことと思います。
 一方で、コーエン氏は続けて述べています。「貧しくても経済が成長していく国に暮らす方が、それなりに豊かでも経済が停滞している国で暮らすより幸せだったりする」、と。海外に出かけ、行った先で思わぬ活気や人々の目のかがやきに驚かされた経験も、なるほどとうなずけます。幸福感にはどんな社会に生きているかが影響を及ぼしているのです。貧しい時代の日本に生まれ、高度経済成長期を支え、そして今日に至った日本の高齢者の気持ちにもそのような思いが流れているのではないでしょうか。豊かさと幸福感の一見矛盾しているかに見える関係は、看護の職についてから高齢の患者さんと向かい合って心を通わせるとき、気づかされるかもしれません。

 さて、給料をもらって幸せになるのは社会への入り口です。その先にはどんな自分の姿が見えますか。看護職として自信をつけ始めている姿でしょうか。看護に自信が持てなくて落ち込んでいる姿でしょうか。前者であってほしいと思いますが、後者の可能性がないわけではありません。実のところは後者のようにつまずくことも悪いことばかりではないのです。それは自分を内省し、立て直す機会になるからです。自信喪失に陥った時、期待していたほどの自分ではなかったことを正面から認めること、すなわち等身大の自分を捉えることによって自分に対する過度な期待を修正することができます。
 しかし人間はうぬぼれやすいものです。誉め言葉は取り入れても批判には聞く耳持たずということはよくあります。コロナ禍において「ペスト」という著書が注目されたアルベール・カミュは、「知性に優れた人とは、自分自身を監視できる人だ」と言っています。すなわち、人は自分を監視して謙虚になれということです。初心者のつまずきは、それに気づくよい機会となります。また、自分自身を監視することは、これから進学して学びを続ける皆さんや、大学院を卒業して臨床現場・教育現場に戻る皆さんにも当てはまることです。今後もどうぞ等身大の自分に照らしながら自己を高め、自他ともに認める成長を続けていただきたいと思います。

 しかし、甘い言葉の方に傾き、等身大の自分を忘れてしまうことはよくあります。そういう自分に半分気づきながらそれから抜け出せない時、一気に自己否定し、自分の良い点が見いだせなくなってしまった時などは大変つらいときであり、自分ではない人、特に友人が助けになります。自分の困りごとを他人に丸投げして解決してもらうのは非常手段であり、自分の解決力を高めることにはなりません。自分の解決力の鍛錬を考えれば、内的に自分を見つめる自分だけの作業と、それを表に吐き出し、自分ではない人に照らしながらもう一度自分を見つめる作業、それの繰り返しが大切なのです。
 ここでカミュの言う友人を取り上げたいと思います。カミュは友人について「僕の後ろを歩かないでくれ。僕は導かないかもしれない。僕の前を歩かないでくれ。僕はついていかないかもしれない。ただ僕と一緒に歩いて、友達でいてほしい。」と言っています。先ほど挙げた経済学者のダニエル・コーエン氏も「友人とは幸せだけを共有する存在ではなく、その反対も共有する存在だ」と言っています。皆さんにお伝えしたいことは、寄り添い共感し、良いときもその反対の時もそばにいてくれるのが友人であり、そのような友人を持つことの大切さです。
皆さんには以前からすでに友人がおられることと思いますが、この大学で友人を持てたでしょうか?首をかしげている人もいるかもしれませんが、思い切って誰かに近づいてみてください。同じ学び舎で同じ時を過ごした人たちです。ここでできた友人ならではの存在になってくれると思います。

 さて、コロナ禍を過ごした我々は、たくさんの新たな技術や考え方に出会いました。ITを駆使した新しい授業や会議のやり方、ディスプレイ画面越しに人と会う方法を知って、今まで気づかなかった便利さ手軽さを感じました。しかし同時に当たり前に身の回りにあった人との直接的なふれあいの大切さを痛いほど感じてきました。エッセンシャルワーカーという単語をよく耳にし、コロナ禍であっても生活上必須で、なくてはならない仕事という意味で、医療が小売り・販売業や通信、交通機関等のいろいろな仕事と一緒にくくられること、等しく尊敬の念を込めて扱われるのだということにも気づかされました。
 加えて、コロナは我々を大きく変える何物かをもたらしたことは確かでしょう。過去にペストが中国からヨーロッパに伝わって多数の死者を出し、労働力不足が封建制を壊し、ルネッサンスをもたらしたという例もあります。今回もコロナが社会文化的な大きな変革をもたらすことは多数の識者が予想しています。ペストの影響は延々200年にも及ぶ変化でしたが、コロナの影響はどのくらいの根深さや時間的スパンに及ぶのでしょうか。最終段階までの道のりは誰にも読めないところですが、少なくとももう何かが始まっているという実感をお持ちの方が多数おられるのではないかと思います。

 また社会文化的影響以外に、ヒトという種の本質に与える影響はどうでしょうか?ダニエル・コーエン氏は、2020年のインタビューで「ヒトという種は、社会で生きることを尋常でないほど切望する」と述べ、コロナ禍後であってもそれを前提とした論を展開しています。そうであってほしいと考えますが、自粛、ステイホーム、ソーシャルディスタンス、マスク越しの会話等に打ち勝つヒトの集団が現れ、「ヒトは社会とのつながりをそれほど求めない」という変化へ舵を切る危惧も否定できないと思います。あってほしくない変化が進むかどうか、対人援助という分野にある看護にとって注目しておかざるを得ないことであると考えます。
 幸い、現在のところ、皆さんが進む看護の道は、やはり人とのつながりを希求する人々、病気になることやなってしまった病気に対する不安を抱え、頼れる聞き手や助言者を求める人々と接する仕事であります。皆さんが学んだとおりの看護が役に立ちます。それはコロナ禍の報道からもわかります。その例は、コロナから回復して退院する人が等しく熱を込めて看護師への感謝を口にするということです。そのような報道を耳にするたびに、“コロナという得体の知れない怖い病気にかかってしまった”と不安に駆られている人が、看護師と接して初めて看護師がコロナであっても落ち着いて向き合ってくれる想像以上のプロフェッショナルであり、患者にとってそばにいてほしい存在であることを実感し、感動を覚えている、それが異口同音に語られている、そう感じます。コロナに罹患した患者から表出されるこの気持ちは、他のどのような疾患、健康状態の人にも当てはまります。
 看護師であろうと、保健師であろうと、助産師であろうと、これから皆さんはプロフェッショナルであり続けられるよう研鑽を積み、自分を監視して人としての成長を続け、たくさんの感動を与えられるような存在になっていっていただきたいと思います。看護学修士、看護学博士となって巣立つ皆さんには、どんな場にいようとも、新しい看護の開発者・改革者となって看護のプロフェッショナル性を高めることや、現場を改善し、後輩を育てることに貢献していただきたいと思います。

 今年は明るいニュースに恵まれませんでしたが、大坂なおみ選手が全米オープンでBLMブラックライブズマター運動のマスクをつけて優勝したことや、池江璃花子選手の闘病生活を経た上での第一線の水泳選手への復帰などは人々を勇気づけました。コロナを振り払うような快挙を感じました。今年も日本中が今、東日本大震災の慰霊の時を迎えています。皆さんとのお別れのときでもあります。
 この1年を振り返ると、大学院修了生の皆さんの学位論文の発表はオンライン発表となりましたが、熱のこもった立派な発表で、懸命な努力が伝わってきました。学位をえた新鮮な気持ち、それはなにものにも代えがたい宝です。これからの活躍に期待しています。学部卒の皆さんは、一時大学への入構禁止になるなど、顔を見かけることが減ってとても残念でした。しかし、制限のある中でも卒研を仕上げ、立派に頑張っていることが立証されました。

 あれこれ思い出は尽きず、名残惜しい気持ちでいっぱいですが、皆さんを送り出さねばなりません。今後皆さんが、生涯の学習の場としてここ石川県立看護大学を積極的に活用していただけるよう願ってこの式辞を終わらせていただきます。大学の教職員一同、皆さんの未来を楽しみに見守り、応援しております。

令和3年3月13日
石川県立看護大学 学長 石垣和子

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