今年は東日本大震災が発生し、本学の教員や卒業生も救援のため多くの方が専門職としてそれぞれの役割で現地に出向きました。

第1回学生セミナー

2011年7月13日

学生セミナー

第1回学生セミナーは、「東日本大震災に関するシンポジウム-東日本大震災から考える-私たちが見たこと、考えたこと、そしてできること-」としました。この学生セミナーを通して、在学生・卒業生・教員がともに今自分ができること、今後していくべき事について考える機会となりました。

東日本大震災 DMATとしての活動から

金沢大学附属病院 看護部 集中治療部 看護師 南堀直之

 私は、金沢大学附属病院DMAT(医師、看護師、業務調整員で構成され、大規模災害や多傷病者が発生した事故などの現場に、おおむね48時間以内に活動できる機動性を持った、専門的な訓練を受けた医療チーム)として3/15~3/19に活動を行いました。

 今回の震災では、仙台医療センターにて医療機関支援、盛岡市内消防学校にて広域搬送拠点医療施設における医療支援、県立釜石病院にて医療機関支援・釜石沿岸部における医療支援体制の確立を行いました。津波被害が大きく、治療対象となる傷病者が少なかった事や、情報の錯綜によって十分な活動をできなかったことが悔やまれます。

 DMAT活動を通して感じたとことは、平時から、非常時に対する備えを行うこと(衣 食住、避難の経路・場所 etc.)、災害発生時は、不必要な買占めを行わないことや、安否確認、情報収集のためのツールを数種類持つこと(公衆電話、携帯電話・mail・SNS etc.) が必要ということです。これらは、1人1人の心がけですぐに実行できることだと思います。災害は忘れたころにやってきます。今回の大災害で得られた教訓を、備えとして活かすことが重要です。

 東日本大震災が発生してから早いもので5カ月が経過しました。冬だった被災地には夏が訪れ、決してよいとは言えない衛生環境と猛暑の中で避難所生活を余儀なくされている被災者の方が数多くいらっしゃいます。瓦礫処理や仮設住宅建設、原発対策など被災地の復興にはこの先十年単位の時間が必要といわれています。しかし、震災の報道が少なくなり、私たちの意識の中からも少しずつフェードアウトしてはいませんか。私たちが今できること…それは常に震災の事を忘れないこと、被災地で暮らす被災者の事を思うことではないでしょうか。そうすれば、学生として、社会人として、看護職者として次に何ができるかが少しずつ分かってくるような気がします。

 学生の間に、様々なことに興味を持ち、いろいろな経験をし、たくさん考え、自分の“引き出し”を増やしておくことが非常に大切です。看護専門職として現場に出たときに、活動の幅が増えると同時に自分自身の糧になると思います。

東日本大震災 福島市災害派遣を終えて

金沢大学附属病院
看護師 坂田野花

 3月16日〜3月19日まで文科省の依頼で放射線測定を目的に核医学医師、放射線技師、事務、看護師(私)の4名でチームを組み福島市に派遣された。急な要請であったため食料と放射線を測定する機器のみを積み込み、福島市の災害本部を15時間以上かけて目指した。実際にどういう仕事するのかは、情報が錯そうし本部に行くまではっきりとはわからず、刻々と変化する状況に対応しているのが現状であった。実際に行った仕事は原発30km圏内からの避難住民の放射線のサーベイ(測定)と避難所での診察業務であった。未曾有の原発事故であり、災害現場や住民、情報の混乱は著しく、改めて災害看護の難しさを痛感した。しかし私の故郷、この石川県にも志賀原発があり、自然災害などによる原発事故のリスクは常にあるわけで、今後私たちが行わなければいけないことは、日頃の生活の中で原発、放射線、節電などに関心をもち、正しい情報を選択できる力を各個人が身につけていく努力ではないかと考えている。 自分の好きなことや得意分野をどんどんと勉強し、自分のために、誰かのためにできることを増やしていくことが、人の役に立つ第一歩だと感じた経験であった。

東日本大震災の支援派遣について

穴水町健康推進課
保健師 永田 恵理

 石川県健康管理チーム第2班(3/21~27)で宮城県女川町へ行かせていただきました。当時は在宅避難者・各地区の集団避難所・福祉避難所の状況が一切不明であったため、チーム内で役割分担をしてそれぞれ訪問や巡回活動、避難所内診療の介助を行いました。気温が低く避難所内は土足で出入りするなど衛生環境が悪く、上気道炎や感染性胃腸炎の症状を訴える方が増加しているところでした。災害時は、刻々と状況が変わり情報も錯綜しますので状況判断する能力も問われてくると思います。現地スタッフが疲労とストレスの極限となっている中で、交代とはいえ短期の直接的支援を受け入れて頂く立場として本当に現場のためになる支援だったのか反省が残ります。いつでも実態を把握して現状に合った見通しを持ち、何が必要でどう動くのか柔軟に考えることが重要だと思いました。東日本大震災と保健活動についての記事が、『月刊地域保健(東京法規出版)』のホームページ上で現在無料閲覧できるようになっていますので、関心があればご覧ください。

災害支援活動

石川県立看護大学
地域看護学領域(看護師) 林 一美

 私は、石川県健康管理活動チーム 第10班石巻市チームの一員として参加させていただいた。構成メンバーは、保健師3名、看護師1名、管理栄養士2名、事務員1名であった。活動場所は、宮城県石巻市渡波地区。活動内容は、石巻市健康推進課担当保健師の依頼により、担当地区の全戸訪問調査を行い、健康問題のある人・要支援者・妊産婦・小児に対し健康相談に応じた。また、二次的な健康問題の予防活動や必要な情報提供等を行った。

 東日本大震災は、未曾有のできごとであり、余りにも大きすぎる衝撃に、言葉もないというのが率直な気持ちである。自然の驚異もさることながら、さらに複合災害として広域災害へと拡大し、今なお続いている。これらにより、私達の価値観や生活様式を大きく変えざ る得ない状況がもたらされている。大学生として、しっかりと災害の及ぼす影響を受けとめ、 今考えなければならないこと、やらなければならないことに取り組んでほしいと思う。

第2回学生セミナー

2012年1月19日

第2回学生セミナー

「何とか学生が被災地でボランティア活動ができるように」という石垣学長の提案を受け、学生委員会では準備を行ってきました。

1月19日には「学生による災害ボランティアを考える」というテーマで第2回学生セミナーを開催しました。本学の学生(桶川貴子さん、小林茉耶さん)に加えて金沢大学の眞杉篤司さん、末永裕美さん、金沢星稜大学の古川貴弘さん、井上星奈さんをお招きして、それぞれのボランティア活動を紹介してもらいました。

そして3月には被災地学生ボランティア活動を宮城県亘理郡亘理町の仮設住宅集会所を中心に行いました。第1班(3月6日~9日)には学生15名と教員3名、第2班(3月27日~30日)は学生14名と教員3名が参加しました。活動内容はお茶会の開催、健康体操への参加、食事サービスや広報誌配布、引っ越し作業のお手伝いなどとさまざまなものを行わせてもらいました。また海岸沿いの被災状況を見たり、亘理ささえあいセンター「ほっと」の担当者の方からお話を伺う機会もありました。

学生それぞれにとって貴重な体験になったようです。参加した学生からの感想をご紹介します。

被災地ボランティアに参加して感じたこと

橋本祥一

 今回私は大学が主催する被災地ボランティアに参加して「宮城県・亘理町」で活動をさせていただいた。実際に被災した町の風景を見たり、仮設住宅で暮らす人々、また被災地・被災者を支援する様々な人々と接する中で非常に貴重な体験をすることができた ように思う。

ボランティア活動

 私が今回のボランティア活動に参加しようと思った理由は「自分に何ができるのかがわからなかった」からである。看護師を目指し大学に入学する年に起きた大災害であることからも思うところは大きかったが、知識や技術もない自分が被災した方々に対して できることはないような気がしてボランティアに興味はあったものの参加の決断ができないでいた。しかし他大学の学生のボランティア活動の報告会に参加する中で、被災者の気持ちを知らないで支援はできないと感じ、まず被災された方々の思いや生活上の問題・健康上の問題を理解し、そこから自分たちができることを考えることが大切であると感じ今回の被災地ボランティアに参加した。

ボランティア活動

 亘理町では仮設住宅での生活されている方々が大勢おり、沿岸部の地域では瓦礫が山のように積まれていた。被災者の方々は明るい方が本当に多かったが、同時に様々な不安を抱えていた。被災地を支える人々もまた被災者であり、その地域に特別な思いを持 って支援に取り組まれていた。この他にも今回のボランティア活動では様々なことを経験し、感じ、被災地を身近に考えることができるようになったと思う。この体験を次につなげられるよう、これからも被災地の支援について考えていきたい。